|
■3.海軍兵学校・鈴木貫太郎校長の教育■ 工藤艦長は、海軍兵学校51期だったが、入学時に校長をし ていた鈴木貫太郎中将の影響を強く受けた。鈴木はその後、連 合艦隊司令長官を務めた後、昭和4年から8年間も侍従長とし て昭和天皇にお仕えした。その御親任の厚さから、終戦時の内 閣総理大臣に任命されて、我が国を滅亡の淵から救う役割を果 たす。[a,b] 工藤ら51期が入学した時に校長に着任した鈴木は、従来の 教育方針を以下のように大転換した。 ・鉄拳制裁の禁止 ・歴史および哲学教育強化 ・試験成績公表禁止(出世競争意識の防止) 日本古来の武士道には鉄拳制裁はない、というのが、その禁 止の理由だった。工藤ら51期生は、この教えを忠実に守り、 最上級生になっても、下級生を決してどなりつけず、自分の行 動で無言のうちに指導していた。 歴史および哲学教育の強化の一貫としては、鈴木自身が明治 天皇御製についての訓話を行い、 四方の海皆はらからと思ふよになど波風に立ちさわぐらん の御製から、明治天皇の「四海同胞」の精神を称えている。工 藤の敵兵救助も、この精神の表れであろう。 |
| << 前記事(2008/12/08) | トップへ | 後記事(2008/12/08)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2008/12/08) | トップへ | 後記事(2008/12/08)>> |